景行天皇の皇子日本武尊と御后の弟橘媛命が祀られている「走水神社」女性におすすめ!

あなたは、弟橘媛命のように愛する夫のために荒れた海に身を投じ怒りを鎮めることはできますか?

走水神社10

古事記・日本書記によると、景行天皇即位40年、東国の騒動を静めるため日本武尊にその鎮定を命じ、日本武尊は、伊勢神宮へ参拝し戦勝祈願をなし倭姫命より神宝の雨叢雲之剣(あめのむらくものつるぎ)と火打袋を授けられ、東国に東征の軍を起こした。途中、静岡の焼津において火攻めの難に遭遇したが、雨叢雲之剣で草を薙払い賊を討伐したそうで、神宝を草薙之剣と呼ばれ、それ以来、愛知県の熱田神宮の御神宝となっております。そのためか?火攻めの難に遭遇した場所の地名が今の静岡県草薙となったと言われております。その後、一行は厚木、鎌倉、逗子、葉山を通り走水の地に到着し、今の御所が崎に臨時の御所(御座所)を建て、上総(今の千葉県)に出発するときに、日本武尊が村人に自分の冠を与え、村人が冠を石櫃に納め土中に埋め、その上に社を建てたのが、走水神社の創建だそうです。

走水神社21

走水神社22

走水神社の手水舎は湧き水で、富士山より永い歳月を掛け、この辺一帯に湧き出ていると言い伝わっています。

走水神社17

三社
神明社 (天照大御神 あまてらすおおみかみ)
須賀神社 (須佐之男命 すさのおのみこと)
諏訪神社 (建御名方神 たけみなかたのかみ)

走水神社2

日本武尊は、東国の騒動を静めるため上総国(千葉)へ渡ろうと船出されましたが、海の中ほどまで来ると突然暴風に遭い、途方にくれた時、日本武尊に付き添ってこられた御后の弟橘媛命が「これはきっと海神の仕業に違いありません。私の身を日本武尊(夫)の身代わりに海に入らせてください」と告げ、海中に身を投じられた。暴風はたちどころに静まり、日本武尊一行は無事上総に渡ることができ、当時の人は、その海を名付けて馳水(走水)といったそうです。

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弟橘媛命の記念碑
「さねさし さがむのおぬにもゆるひの ほなかにたちて とひしきみはも」と御歌

走水神社6

弟橘媛命「舵の碑」
弟橘媛命の顕彰と海の安全と平和を祈る

走水神社11

「顕彰の碑」
武尊と弟橘媛命の愛の御神徳を崇める

走水神社12

走水神社
神奈川県横須賀市走水2-12-5
京浜急行:馬堀海岸駅から観音崎行きバスに乗り「走水神社」下車。徒歩2分

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