日本統治時代は高級将校用招待所だった「松園別館」

神風特攻隊が出陣する時、天皇から賜った「御前酒」を振る舞わされたという言い伝えがある。

1941年太平洋戦争が勃発すると、日本は兵力を増やすため「陸軍特別志願兵制」を実施。
松園の旧名は「花蓮港陸軍兵事部」といい、兵の募集と兵役の管理をしておりました。
1945年第二次世界大戦終結後、日本軍が台湾から撤退し1947年に国民政府が接収し、米軍事顧問団士官のレジャー施設として使用されておりましたが、1978年行政院国軍退除役官兵輔委員会に管理が任され現在にいたっております。この間、ホテル開発の予定地になったり、取り壊しの危機に直面しましたが、民間の保全運動が組織され2002年に修復工事が完了し、2003年11月より正式に開放されるようになりました。

日本統治時代は高級将校用招待所だった「松園別館」

この高台から南濱海上を行き交う船舶、南空港を離発着する飛行機を容易に掌握できるということで軍事指揮センターでもあったところです。
赤いアーチ型の橋は菁華橋で、その向こうに見える橋は曙光橋です。

観海休憩台

慢漫生活館
この建物は、日本統治時代の食堂でした。

慢漫画生活館

今は、ショップとして使用されております。

松園別館販売スペース

小木屋(旧:松園故事館)
中には神棚があったそうで、ここで出征前若い軍人が御前酒を賜ったり、終戦の時は切腹した軍人もいたそうです。
今は、イベントやセミナーのスペースとして利用されております。

松園別館 宿直室

防空壕
長さ5m・室内の高さ2mで、左右に出入口がある。
防空壕の大きさから推測してこちらに駐在していた人員は20名だと書かれておりました。

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防空壕内部

火災になった時、非常用の貯水として池が造られたような?

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今では、この屋根の下はカフェとして利用されておりますが、以前は宿舎だったそうです。

松園別館(旧宿舎)

松園別館
花蓮市松園街65號
台湾鉄道「花蓮」駅から車で約15分

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